坂口 恭平 エッセイ

NEW OLD

高円寺の前のボクの家近くの古着屋の名前が「NEW OLD」といって、おかしいんだけどなんとなくわかるなぁと思っていた。そして、ボクの前の家を久しぶりに訪ねてどうなったか見に行くとピカピカの茶色のアパートが新築されていた。

僕が住んでいたときは「カトレアハイツ」だった。そして今度は、「コーポファラオ」に変わっていた。ファラオかよ。大分変わったな。

その新築のファラオのおかげでその周辺の空気は変化し、少し揺れ動いていた。

ボクの家のオーディオは隣の電気屋さんがつぶれてしまう時に捨てて、そして僕が拾ったナショナルの70’Sだ。それにマッキントッシュを昔ボロ市で1000円で買ったソニーのミキサーを介して、つなげている。MP3をデカイナショナルスピーカーから出すと気持ちよい事を知った。 最近ずっと聴いているハウスミュージック初期の音源のおかげで音楽にたいする耳の角度も変化してきた。それで面白いのが昔聴いていた音楽も変化するということだ。

今回見つけたのはローリングストーンズの名曲MISS YOUという曲だ。それまではなんかいいなぁという程度だったのが、今回この曲聴いてピンと来た。ダンス前夜の音だ。これは。

そういう事考えているとビートルズの初期の音とかもダンスミュージックの種を見つける事ができる。そうやって見ると、また今まで知りすぎたと思っていた世界も一瞬にして新鮮で何も知らないような未知の世界に早変わりする。

その時「NEW OLD」というあの店の名前が浮かんできた。古いのは見た目だけだ。それはNEW OLDなんだ。凄くいい名前の気がしてきた。

物事には一つの方向だけでなく、無茶苦茶色んな方向に触覚のようなものが出ている。しかし、それは絡まっているため見えにくいし、たまには一つにしか見えないときもある。それでも人は納得しなくてはいけないから、その誤解のママ納得する。そして、納得すると人はそのものを忘れる。

時間はその他の触覚に気づかせてくれるときがある。そして、それはまた納得できない不思議なものと変化する。

その瞬間はとても創造的な瞬間だ。

それは温故知新とかとはまた違うような気がする。新しく物事を経験する事で古いものを今まで考えた事がないような別の方向にぶっ飛ばせる事ができるのだ。

今、納得していることもそれはそれで一つの見方でしかない。

0円ハウス -Kyohei Sakaguchi-