坂口 恭平 エッセイ

スルー努力

何かを作りたいとかやりたいなとか思っていても、なかなかはかどらずうまくいかない。そんな日は毎日だ。自分の頭の中には完成予想図はしっかり出来上がっているようであるが、手が動かない。まぁ単純にものぐさなんだろうなぁとあきらめているところもあるのだが、それだけでもない事には確信を持っている。

いつも不思議になるのだ。ボクが何かをやろうとする時に毎日ずっとやっていることが積み重なってようやくできるという事がほとんどないのだ。勿論毎日なにかしら考えたりしていることはそれなりに積み重ねになってはいるだろうが、完成持ち込むのはだいたい一日で、遅くとも3日あればそれだけで完成してしまう。そのときにできたものは他の日に手直ししても全然良くならない。その日のそれでもう完成品なのだ。あとはもう何もいらない。

ボクが出した本もそうやってできた。構想だけ長かった。ああしようとかこうしようとか色々考えて、本の版形とかデザインとかいろいろメモのようなものは書いていたが、実際には全然手をつけられる状態ではなかった。
しかし、ある時、

「よし、やろう」

と思って10日間毎日朝7時に出発して夕方の6時まで歩いて撮影し続けた。その時は相当集中していたのだろう。飯も食わず、何も考えず、写真の構図とかも無視である。どういう写真を撮ろうとか無駄な思考は一切しなかったような覚えがある。とにかく住んでいるオジさんと話し、これはと思った家を片っ端から撮っていった。駄目だった家は片っ端からスケッチさせてもらった。

その後、現像したらほとんど捨てフィルムがなかった。ボクは一軒の家に対し、何枚も撮るような事はしなかった。理由は無い。そんなこと考えなかったのだ。

そしてそれを500円で現像と焼いてくれるところにお願いして、20本してもらった。材料はそれだけである。

そしてケント紙を買ってきて、レイアウトし始めた。それも連続攻撃である。朝から何も考えず、ただひたすら紙にカラーコピーを貼り続けた。

5日間ほどたったら、200ページ分の原稿が出来上がっていた。そしてそれを製本屋に持っていって綴じてもらったのだ。しめて2週間というところか。たったソレだけである。でもそれだけではないのを自分が確信で来ている。どういうものをつくろうとか変な思考が邪魔していない状態。その頭で作品を作った時にそれは最後まで修正がいらない。

まったく回り道をせずに目標にひたすら一直線。それまで、一日中寝ていたり、考えあぐねて一日が終わってむなしくなったりした日が会った事が不思議なくらいそれは簡単にできあがる。

そして今度はそれを毎日できたらうまくいくのではないかと思うときがある。しかし、それは不思議とうまくいかない。

そこには時間が必要なのだ。待つ時間ではなく、ホッタラかしておく時間。それが少しづつ一滴ずつたまったとき、それは努力とか根性をぶっとばして一瞬にして形をみせる。それがいつもふしぎでたまらん。

0円ハウス -Kyohei Sakaguchi-